○博多座開場10周年記念○六月博多座歌舞伎○

【公演期間】
平成21年6月2日(火)~26日(金)

昼の部:午前11時~ 夜の部:午後4時30分~

【観覧料金】
A席  15,000円
特B席  12,000円
B席  9,000円
C席  5,000円

【公演会場】
博多座 http://www.hakataza.co.jp/
〒812-8615 福岡県福岡市博多区下川端町2-1
TEL 092-263-5858

<<チケットや公演の詳細は博多座のサイトにてご確認ください>>

 

【演目&主な配役】
◎昼の部

一、祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)
金閣寺
松永大膳:愛之助
此下東吉:勘太郎
雪姫:七之助
狩野之介直信:扇雀

二、近江のお兼(おうみのおかね)
近江のお兼:勘太郎

お祭り(おまつり)
鳶頭駒吉:橋之助

三、恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)
玩辞楼十二曲の内封印切(ふういんきり)
亀屋忠兵衛:扇雀
傾城梅川:七之助
丹波屋八右衛門:愛之助

◎夜の部

一、通し狂言 木下蔭真砂白浪(このしたかげまさごのしらなみ)
中村橋之助宙乗り相勤め申し候
発 端 摂津国 芥川堤殺しの場
序 幕 第一場 尾張国 矢作橋の場
第二場 三河国 犀ケ崖山砦の場
第三場 同 崖上の場
第四場 同 崖中一本松の場
第五場 同 崖下の場
二幕目 山城国 南禅寺山門の場
三幕目 第一場 山城国 壬生村治左衛門内の場
第二場 同 裏手千本松原の場
大 詰 第一場 近江国 足利家別邸大広間の場
第二場 同 琵琶湖畔の場

石川五右衛門:橋之助
真柴久吉:愛之助
仁木太郎:勘太郎
女盗賊お峰/妹小冬:扇 雀

二、藤娘(ふじむすめ)
藤の精:七之助

【解説】
◎昼の部
一、金閣寺
中邑阿契らの合作により、宝暦七年(1757)、大阪・豊竹座で人形浄瑠璃として初演され、翌年歌舞伎化された。本名題は「園祭礼信仰記」。全五段の義太夫狂言で、「金閣寺」はその四段目。文字通り、金色に輝く豪華な装置が大ゼリに乗って上下する仕掛けが観客に受け、初演時にはロングランを記録したという。登場人物の多彩さ、幻想的な様式美と相俟って人気の高い一幕である。
時は戦国時代。足利将軍家に反旗を翻した松永大膳が、将軍義輝の生母・慶寿院を人質に取り、金閣寺に立てこもっている。さらに「天井に墨絵の龍を描かせる」という名目で絵師雪舟の美しき孫娘・雪姫をも捕らえ、夫ある身の彼女を熱心に口説いていた。
そこに現れたのが此下東吉。敵対関係にある小田春永の家臣だが、なぜか大膳に奉公したいという。疑念を抱きつつも計略に乗ったと見せかける大膳と、さらにその裏をかく東吉。春うららの金閣寺で碁を打ちながらの丁々発止が両者の最初の見せ場だろう。碁盤を使った東吉の端正な見得にも注目したい。
東吉が奥に去ると、大膳は再び雪姫に迫る。その刀を見て、大膳こそ亡き父の敵と悟った姫は刀を奪って斬り掛かろうとするが、逆に組み敷かれてしまう。そして庭の桜の樹に縛りつけられた揚げ句、夫・狩野之介が刑場に追い立てられていく姿を目の当たりにさせられる。まさに絶体絶命。
窮地に立った雪姫は祖父雪舟の故事にならい、足の爪先で桜の花びらを掻き集め、鼠の絵を描き始めた。すると、その絵に魂がこもって本物の鼠となり、縄を食いちぎる。そこに再び東吉が登場し、姫と慶寿院を救い出すという筋立て。
「三姫」のひとつに数えられるヒロイン雪姫、国崩しの敵役・大膳、さわやかな捌き役・東吉、和事の二枚目・狩野之介、老け女形の慶寿院など、歌舞伎の代表的な役柄が勢揃いする。それぞれに為所が多く、役者ぶりが楽しめる狂言でもある。

二、近江のお兼、お祭り
『近江のお兼』
文化10年(1813)に、江戸・森田座で、七世市川團十郎による八変化舞踊『閏茲姿八景(またここにすがたのはっけい)』の一景として上演された。作詞は二世桜田治助、作曲は四世杵屋六三郎。 初演では長唄と常磐津の掛け合いで上演されたが、今では長唄のみの演奏となっている。可憐な見かけによらず大力の持ち主の娘が、暴れ馬の手綱を高下駄で踏んで押さえたという説話などを材にとったユニークな舞踊。琵琶湖をのぞむ堅田のあたり、晒盥を手に駆け出してきた近江のお兼は荒ぶる裸馬を止める。「まだ男には近江路や」からは、相撲のまねで力自慢をするほどのお兼の怪力を知らずに、見かけにつられて寄って来た若い衆を蹴散らす力強い踊り。しかし「ほんにほおやれ逢うよはおかし」からの歌詞に近江八景を詠み込んだクドキでは恋に悩む女らしさものぞかせる。最後は眼目の晒の踊りとなり、足駄を履き一丈二尺の布晒を振る勇壮な見せ場だ。明朗で華やかな曲の調子と、力強く大らかな所作がほのぼのと楽しめる。

『お祭り』
文政9年(1826)に、江戸・市村座で三世坂東三津五郎による三変化舞踊『再茲歌舞妓花轢(またここにかぶきのはなだし)』の一景として初演、以後現在まで人気演目として繰り返し上演されてきた。作詞は二世桜田治助、作曲は初世清元斎兵衛。天下祭と称され、神田祭と並び江戸を代表する祭りの山王祭。幕府の全面的な庇護を受け、その行列は江戸城内にまで入れたという。45もの山車のうち、先頭が猿と鶏の山車だったことから、この曲の歌いだしも「さるとりの」で始まり、通称「申酉」とも呼ばれる。
ほろ酔いで祭から帰っきた粋でいなせな鳶頭。街の衆からも「待ってました」の声が掛かり上機嫌。「じたい去年の山帰り」からのクドキで、酔いにまかせて惚気話を始めたかと思うと、「お手が鳴るから 銚子の替り目と」と狐拳で軽妙に踊って見せる。さらには「引けや引け」と祭りに因んだ引き物尽くしの踊りと続き、最後は打って掛かる若い衆を振り払って行き、幕となる。祭り好きの江戸っ子の心意気が感じられる風俗舞踊。

三、封印切
実際に起きた事件に取材して正徳元年(1711)、大阪・竹本座が近松門左衛門作による人形浄瑠璃「冥途の飛脚」を初演。これを増補改作した「けいせい恋飛脚」などをもとに「恋飛脚大和往来」がつくられ、寛政8年(1796)、大阪・角の芝居で初演された。 恋ゆえに自滅していく若い男の心の揺れと葛藤を描いた世話狂言。幕開きのはんなりした味わいから、後半