the hakata rock & photo magazine BEATMAKS #3
THE KIDS
....they get up to the start just now ....
From HAKATA with Love & Peace since 1981
 予定の時間より少し早めに指定されたある練習スタジオに到着した。小さなガラス窓をのぞくと、それに気づいた桐明がテレキャスターを下げ唄いながら、目線だけはこちらに向け、「もうすぐ終わり」という意味の合図を送る。
 「ラフ・カット・ダイヤモンド」――――ステージではよく演奏されるナンバーだ。「ヒ・ト・ハ・タ・」や「ノイズ」などのたたみかけてくる様なスピード感溢れる曲とは、また少しイメージが違う。
気がつくともう音が止んでおり、二重ドアが開いて、中からキッズの3人が次々と出て来た。
 桐明孝治、千葉ヒロシ、そして今回、正式メンバーとしてキッズで再びプレイすることになった寺山ヒロミ。今度こそ本当に走り始めたキッズに、9月も中旬のある日インタビューしてみた。

◆スナッフみたいなバンドをつくるってことで、マサキが辞めてしまったけど、そこらへんの事情を詳しく聞かせてよ。
 桐明=簡単に言うと、そうちょうど半年前かな?マサキと一緒にやり始めたのは。その時からね、キッズに入ってからもマサキはスナッフをひきずってたわけ。
 千葉=去年の須崎(10月10日のライブ・エクスプロージョンvol.4)頃からマサキに声をかけてたんやけどね、ちょうどその時はスナッフが活動を休止していて、と言うか、もう半分解散状態で......。その頃うちのドラマーは寺山で、その時は寺山、ヘルパーだったけんね、正式メンバーを探さないけんなあやら思いよったったいね。
 桐明=で、マサキにキッズ加入の話をもちかけたんやけど。
 千葉=なかなかOKって言わんたい。
 桐明=スナッフが解散みたいなことになって、だいぶあいつショックだったらしくて。「もう少し考えさせて....」ばっかり言いよった。相当口説くのに苦労した。
 千葉=あの時俺達が言いよったんはサ、でチサキがキッズばしょうやってね。メンバー・チェンジをするんじゃなくてね、これからこの3人でキッズをやっていこうぜ、みたいな。
 桐明=キッズって大ちゃん(佐藤大輔)と別れてから、秀、寺山と一年もヘルパーで食いつないで来たバンドやったやない?だから俺達2人の方にもそういう気持ちがあったんよね。でも結局スナッフで叩いてた様なタイコを、キッズじゃ聴けんかったね。

◆彼自身、ふっきれてないっていうことを言ってたよ。
 千葉=うん。それで1ヶ月半?くらい前からかな、様子がオカシいんでちょっと話し合いしたったい。その時は頑張ろうやないか、と。

◆でも最終的にはやっぱりスナッフへの思い入れの方が......。
 千葉=強かったわけたい。

◆理由は音楽的なこと?スナッフとキッズじゃ、やりたいことっていうのが根本的に違ってたわけ?
 桐明=いやそれはあんまり変わらんかったと思うよ。
 千葉=一番の理由はヤスジ(元スナッフのボーカル)と思うっちゃん。マサキとヤスジっていったらサ、俺と(桐明)コージみたいなもんで、切っても切れん仲やったわけ。俺だってコージ以外ならキッズなんてせんもんね。それと同じことでネ、結局俺達がチョッカイ出したっていうことかね........?

マサキの脱退決定後もキッズはスケジュール消化のため、そのままのメンバーで8月いっぱいライブを続けた。その一発目が8月5日のジャンピング・ジャムである。「あの時はもう3人とも演奏がバラバラやった。」(桐明)
そして8月26日、このパーソネル最後のステージが北九州イン・アンド・アウト。ここで初めてキッズはマサキの脱退を発表、皮肉にもその日の客席はこの半年で一番盛り上がったものになり、アンコール終了後も「マサキ!!マサキ!!」のコールが絶えなかったと聞く。

 その後、桐明と千葉は1984年2月のビブレ・ホール・ソロ・コンサートを最後にヘルパーの務めを降りた寺山ヒロミに、今度は正式メンバーとしての誘いをかける。

◆で、今度のドラマーが再び寺山くんなわけで......。
桐明=うん、マサキが始めてから、どうしようかな〜なんて言ってて、俺が「寺山、寺山はどう?「寺山?......あいつ次第じゃない?」ゲーム・センターかどっかで。「じゃ一応話をしに行こう。」てなことになって......。
寺山=最初ヘルパーやる前はキッズって名前は聞いたことあるけど、ライブなんて見たことなくて、それでヒップスが解散した頃に髪の赤い兄ちゃん(笑)が2人やって来て、頼むけんキッズに入ってとか言うてくるわけ。僕としてはヒップスがああなってしまった後だったし、もう仕事してその片手間に(笑)キッズとかいうバンド(笑)を手伝えばそれでいいと......思ってたんですけど。それが急にラジオのDJの話は来るし、ライブの数はめっきり多くなるし......片手間なんかじゃ出来なくなって......。
千葉=寺山が入った頃ってさ、ライブごとにこれでどうやこれでどうやって寺山にそのライブをぶつけるっていう感じだったじゃない?
桐明=そうやって寺山に本気でキッズにイレ込んでもらおうとしたんやけど、ライブするたびにシュ〜ンて縮まっていくわけよ、寺山が、逆に。
寺山=仕事のこともあったし、ちゃんとスケジュールがこなせなくなる状態になる前に自分から辞めたわけです。














本掲載記事内容及び掲載写真の著作権は別記が無い限り全てビートマックスに帰属しています。
無許可ダウンロード等による本文や写真の複写転載及び二次利用は固くお断りいたします。
<原本発行 1984年10月20日/復刻初版 1999年8月30日/改訂三版 2004年3月30日>
http://www.beatmaks.com/magazine/


the hakata rock & photo magazine BEATMAKS #3



copyright (C)1984 & 2004 Hakata BEATMAKS Studio