the hakata rock & photo magazine BEATMAKS #16
From JAPAN to..... LOUDNESS
From HAKATA with Love & Peace since 1981
 ロックはアメリカで生まれ育った。だから日本人がロックする時にはそれなりのアレンジメントが不可欠になってくる。果てしてそれは世界に通用するのだろうか。ラウドネスの世界に向けての挑戦は、言語、文化、体力など様々なプレッシャーとの戦いだったのかもしれない。今日(1/17)は、11月27日の福岡サンパレスでのコンサートを前にラウドネスのドラマー、樋口宗孝に現状を聞いてみた。

●日本とアメリカの違いはどこにあると思いますか?
 どういう意味で?

●例えばビジネス面とか。
 日本はやはりバンド面だけじゃなく、すべての面で何年か遅れていると思います。バンドが活動できるいろんなシステムとか、プロデューサーの問題とか、全てにおいて向こうの方がビジネス的な感じがしますね。

●演ってるミュージシャンもそうですか?
 そうですね。ミュージシャンノ考えてる事とか、ポリシーとかにしたってそうじゃないですか。

●最初にアメリカで演ろうと決めたのは何時ですか?
 5年前、いや、忘れてしまった。最初に行ったのは4年前です。もうアメリカに5回。ヨーロッパには2回行ってます。結成した時から考えていて、初めは本場で自分達の力を試してみようという気持ちだったけど、今は着実にうまくいっていると思います。

●日本人という事で相当ギャップがあったんじゃないですか?
 そりゃそうですね。初めの頃は英語で歌うって事で相当悩んだけど、ボーカルが向こうで英語のレッスンを受けて、今ではベラベラです。それぐらいです。あとは日本人という事でどういう見方をされるのかなあと考えていたんだけど、今は全然、日本人とか関係無しに一つのバンドとして見られている感じがします。

●スコーピオンズとかそうですね。ドイツのバンドなんだけど、アメリカによく行ってるでしょ。
 それに近い感じはあるかもしれない。彼らも初めは英語が全然喋れなかったみたいだし。

●レコードを作る時に日本を意識して作るのと、アメリカを意識して作るのでは違ったモノになりませんか?
 そうですね。難しい問題ですね。日本の場合、ミュージシャン生体というか、ミュージシャンのやりたい様に作れますよね。向こうの場合、誰でもプロデューサーが付いていて、どのレコードにも付いていて、プロデューサーがレコード作りのプロとして今どういう事をやったら良いかよくわかっているんですよね。プロデューサーがプロデューサーとして成り立っているんですよ。日本の場合、まだプロデューサーといってもたいした事ないんですよね。その話はともかく、「THUNDER IN THE EAST」という一つ前のアルバムはアメリカを意識したというか、向こうで成功するためにいろんな事を考えて作ったアルバムです。












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<原本発行 1986年12月20日/復刻初版 2003年5月27日>
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