the hakata rock & photo magazine BEATMAKS #23
44 MAGNUM
2年間の沈黙。メタルシーンとの決別。
しかしそれは当然すぎる程当然の事だった。
From HAKATA with Love & Peace since 1981
●最近はポールとかジミーとかのいかにもそれ風の名前は使わないんですか?
梅原=結構本名が気に入ってきたみたい。
広瀬=ポールとかジミーとかジョーとかバンとかいうのは正式じゃないし、昔から本名でやってたんだけど前のレコード会社のディレクターがニックネームで良いじゃない、というノリでレコードジャケットに載せてしまったんです。それからそういう感じになってしまったけど自分達ではどっちでも良いんですよ。

 インタビュー場所に指定されたホテルのレストランに行くと丁度ランチタイムの真っ最中。辺り構わず大声上げるオバサンやたった一時間だけ仕事から解放されたサラリーマンの旺盛な食欲が天井や壁や床の間を反射している。それぞれ揃いのユニフォームに身を固めたウェイターにウェイトレスは一秒も無駄にすまいとテキパキ動き回り朝市の活気にも似た空虚な騒々しさが昨日の僕の気分を更に憂鬱にさせてくれる。窓際の席で待つ事しばし、二年間の沈黙を破り昨年12月に新作LOVE or MONEYをリリースした44マグナムのボーカルの梅原達也とギターの広瀬哲がやってきた。86年1月に市民会館でのコンサートを見た時は長髪を色取りどりに染めてまるで少女マンガに出てくるような典型的なメタル・バンドだったのに今日は黒っぽい服に身を包み髪もノーマルでまるっきり普通人。ロックやってる人という偏見で見たら地味の一言に尽きます。一体全体この変身は何を意味しているのでしょうか?取り敢えずお二人とも午後の取材に備えてまずカツカレーを注文された所でこのインタビューは始まったので御座います。

●約二年振りにレコードが出た訳ですがこの間何をやっていたんですか?
広瀬=86年3月にツアーが終わった後レコーディングに入ったんですが、梅原が病気して入院してしまったんです。その間事務所が何をやっていたかというと丁度レコード会社の契約が切れるんで、変えようという方針で動いていた訳です。
梅原=最初はレコーディングの予定が延びるよ、と聞かされたんだけど次ミーティングしたときには会社変わるよという話になって……。
広瀬=結局ビクターに決まったんだけどその前に某レコード会社の話もあって細かい事は言えないけどいろいろあったんですよ。
梅原=せっせと曲は書いてましたけど。

●それにしてもレコードを聞くと以前のマグナムを知ってる人は同じバンドに思えないんじゃない?洗練されたというか歌謡曲に近い部分もあるでしょう?
広瀬=でも三枚目のActorの頃からメンバーの中では変化を望む声はあったんですよ。今ほど明確な形では打ち出せなかったけどヘヴィメタル以外の方法でやりたいと思っていたんです。例えば楽曲の中にオーケストラを入れたり、サックスを入れたり、ギターもああいう固定した様式美じゃなくてもっともっと幅を広げてやりたいな、と思っていたんです。
梅原=ボーカルにしてもシャウトするばっかりじゃ面白くない。だから今の線に近いのは4 Figuresというメンバーが一曲ずつソロでやった12インチミニアルバム(85年12月発表)じゃないかなあ。

●その中で誰のアプローチが一番現在に近かったんですか?
広瀬=多分僕だと思います。












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<原本発行 1988年3月20日/復刻初版 1999年4月6日/改訂二版 2000年12月27日>
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