横道坊主の音を遠心分離機に入れて分析してみた。まず80年型試薬を入れてみると一番最初に沈澱したのがパンク成分だった。さらに70年型試薬を少量加えるとブルティッシュビートに特有の反応があり、残った上澄みを熱すると1950年代から60年代にかけてアメリカでブルースやR&Bやゴスペルを母胎にロックが産声を上げた時代の匂いがした。
横道坊主が長崎で結成されたのは84年4月。メンバーは中村義人(vo)、今井秀明(g)、谷崎益男(g)、村田正樹(b)、梅崎勝之進(dr)の5人だった。「出られる所には全部出た」という位積極的なライブ活動を続け,86年後半から福岡のライブハウスにもお目見えするようになる。同年9月にはスタジオ・ヒーコン制作のオムニバス・テープNew Trad Rewに一曲参加。87年1月30日には長崎市民会館でコンサートを開いたがなんと1000人が集まる。
これを機に同年4月活動場所を博多に移す。中村のボーカルを前面に立てた骨太で男っぽくパンキッシュでどこか泥くさいライブが評判になり、9月にはオリジナル・カセットUnder the UKを発売。博多のバンドばかり集めて88年2月キャプテンからリリースされたオムニバス・アルバムIn the Pantiesに一曲参加する。同年5月上京、東芝EMIと契約。曲作りとリハーサル、時折ライブハウスに出演しながら音を固める日々。89年2月に谷崎が脱退して4人編成になる。そして6月21に待望の1stミニアルバムDarty Marketが発売される。厳密には福岡出身ではないものの、福岡のライブシーンでの活動をバネにデビューしたという点で横道坊主はアンジーと共通するものがある。上京前には福岡でもすっかり人気が定着していたから本誌読者の中にも今回のデビューを喜んでいる人が多いのではないかな?という訳でアルバム発売に先行して行われたショート・ツアーで彼等にとっても思い出深いであろう福岡ビブレホール(上京前にマンスリー・ライブを演った)にやってきた横道坊主ですが、リハーサルの前の忙しい時間を割いてボーカルの中村義人とギターの今井秀明にこれまでの経過を聞いてみました。彼等の事を知っている人も知らない人もちょっくらつき合っておくんなさい。 |